-196℃の環境が受精卵を守り続ける
-196℃の超低温の液体窒素内では、受精卵の状態を保ち続けたまま数十年間も保存することができます(図1)。こうした凍結保存は、細胞を破壊せずに冷却する技術や細胞保護剤などの改良によって可能になりました。現在、日本では、超急速ガラス化保存法と呼ばれる方法が主流となっています。
図1 受精卵・未授精卵子凍結保存用の容器
特殊な液体(ガラス化液など)に浸すなど、細胞にダメージを与えず、安全に凍結するための処理をした後、この容器を超低温の液体窒素タンクに収納します。
一度の採卵、採精で複数のトライが可能に
受精卵の凍結保存は、当初、一度に複数の赤ちゃんができる多胎妊娠を防ぐために開発されました。体外受精の治療が開始されたころは、多くの受精卵を子宮に戻していたため、多胎妊娠(特に三つ子や四つ子)がみられました。
多胎妊娠は、母体にとっては切迫流産や早産などのリスクが高まり、赤ちゃんにとっては早産未熟児や低体重児のリスクが高まります。そこで、体外受精や顕微授精によって、状態の良好な受精卵が複数得られても、子宮に戻すのは原則1個と決められたのです1)。
移植されなかった受精卵を凍結保存しておけば、その周期に妊娠が成立しなくても、別の周期に移植することが可能になります。一度の採卵と採精で複数の「可能性」を得ることができ、排卵の誘発など採卵に伴う母体への身体的な負担が軽減されます。
また、近年は、採卵した周期には移植せずに、すべての受精卵を凍結保存し(全胚凍結)、子宮の状態などを整えて、より着床しやすい条件のもと、別の周期に移植するケースも増えています。
精子の凍結は、人工授精や体外受精、顕微授精に臨むにあたって、精子が必要となる当日に、男性側の都合(単身赴任や出張、また射精障害など)で精子の提供ができない場合や、無精子症などの原因により精子を精巣から直接採取する場合などに行われます。凍結保存された精子は、卵子に受精させるときに融解して用います。
がん患者の妊娠の可能性を広げる
さらに、凍結保存はがんなどの病気で妊孕(にんよう)性(妊娠できる可能性)が損なわれる人にとっても大きな福音となっています。
がんなどに対する外科手術や抗がん剤、放射線治療によって、妊娠や出産を経験したことのない女性の卵巣機能が低下したり、子どもを設ける希望がある男性の精巣機能が損なわれたりすることが予測される場合、妊孕性の温存は、がんにかかった人たちのQOL(生活の質)を保つうえで、重要な課題となっています。
そうした課題を解決する方法として、未受精卵子や受精卵、卵巣組織、そして精子の凍結保存が検討されるようになってきました。ただし、がんの治療効果や予後(治療後の経過)などとのかかわりや、妊娠率や子どもの成長への影響など、まだ明らかではない点も多く残されています。その選択にあたっては、がん治療の担当医、凍結保存を担う医師や医療機関、さらに家族などとともに慎重に決定することが重要です。
1)日本産婦人科学会, 会告 生殖補助医療における多胎妊娠防止に関する見解. 2008年
http://www.jsog.or.jp/modules/statement/index.php?content_id=25
《参考資料》
久慈直昭, 京野廣一(編), 今すぐ知りたい!不妊治療Q&A 基礎理論からDecision Makingに必要なエビデンスまで. 医学書院 2019
日本生殖医学会(編), 生殖医療の必修知識 2017. 日本生殖医学会 2017